怖い。
不安。
できれば避けたい。
もう傷つきたくない。
そんな感情が出てきたとき、人は自然と「どうすればこの怖さから離れられるか」を考えます。
それは、とても自然な反応です。
不安や怖さがあるのに、それを無視して進めばいいという話ではありません。
つらいものは、つらい。
怖いものは、怖い。
まずは、その感覚を否定しなくて大丈夫です。
ただ、強い感情に飲まれているときほど、私たちはひとつ大事なことを忘れやすくなります。
それは、「自分は本当はどこへ向かいたかったのか」ということです。
感情が強いと、目的地が見えにくくなる
怖さや不安が強くなると、目の前の感情がとても大きく見えます。
嫌われたくない。
失敗したくない。
傷つきたくない。
迷惑をかけたくない。
うまくいかなかったらどうしよう。
そういう思いが出てくると、心はその不安を避けることに集中します。
すると、いつの間にか目的が変わってしまうことがあります。
本当は、人とちゃんと関わりたかった。
本当は、自分の思いを伝えたかった。
本当は、新しい一歩を踏み出したかった。
本当は、自分らしく生きる方向へ進みたかった。
でも、不安が強くなると、目的地へ向かうことよりも、不安を感じないことの方が大事に見えてしまう。
これは、弱いからではありません。
心が自分を守ろうとしているからこそ、そうなることがあります。
避けることと、行きたい方向に進むことは別
避けることが必要な場面もあります。
本当に危険な場所から離れること。
心や体が限界に近いときに距離を取ること。
無理をしすぎないこと。
それは大切な選択です。
ただ、すべての不安を避け続ければ、自分の望む場所にたどり着けるとは限りません。
たとえば、怖いものから逃げ続けることに必死になっているうちに、本当は向かいたかった場所からどんどん離れてしまうことがあります。
逃げることそのものが悪いのではありません。
大切なのは、「今、自分は何から逃げているのか」と同時に、「本当はどこへ行きたかったのか」を思い出すことです。
不安を消すことだけが目的になると、人生はどんどん小さくまとまっていくことがあります。
でも、本当の目的地を思い出すと、同じ不安の中でも、選び方が少し変わることがあります。
問い:自分はどこへ向かいたかったのか
強い感情が出たとき、すぐに答えを出さなくても大丈夫です。
その場で無理に前向きにならなくてもいい。
怖さをなかったことにしなくてもいい。
不安を感じている自分を責めなくてもいい。
ただ、少し落ち着いたときに、こんな問いを置いてみることができます。
自分は、本当はどこへ向かいたかったのか。
この問いは、自分を追い詰めるためのものではありません。
怖がっている自分を否定するためでもありません。
むしろ、不安に飲まれて見えなくなっていた本当の願いを、もう一度思い出すための問いです。
怖さだけを見ると、ただ避けたいものに見える。
でも、その怖さの奥を静かに見ていくと、自分が大事にしたかったものが見えてくることがあります。
自然の中で、感情との距離を取り戻す
感情が強いとき、頭の中だけで考えていると、同じ不安の中をぐるぐる回り続けることがあります。
そんなとき、自然の中に身を置くと、少しだけ感情との距離が生まれることがあります。
森を歩く。
土に触れる。
空を見る。
風の音を聞く。
焚き火の前で黙って座る。
そういう時間の中で、すぐに答えが出るわけではありません。
けれど、強い感情に覆われていた心が、少しずつほぐれていくことがあります。
そして、不安をどう消すかだけではなく、自分が本当は何を大事にしたかったのかに、目が向くことがあります。
ビヨンド自然塾では、自然体験や対話を通して、自分の心の向きに気づく時間を大切にしています。
人は、不安をなくしてから進むのではなく、不安を抱えながらでも、自分の向かいたい方向を少しずつ思い出していくことがあるのだと思います。
最近避けていることを、ひとつ見てみる
今日できる小さなことがあります。
最近、自分が避けていることをひとつだけ思い浮かべてみてください。
人に連絡すること。
自分の気持ちを伝えること。
新しい挑戦をすること。
ある場所へ行くこと。
誰かの評価を気にせず選ぶこと。
そして、こう問いかけてみます。
「その先に、本当は何を大事にしたかったのだろう」
避けている自分を責める必要はありません。
不安があるということは、そこに自分にとって大切なものがあるのかもしれません。
強い感情に飲まれたときほど、感情を消そうとする前に、目的地を思い出してみる。
それだけで、次の一歩の見え方が少し変わることがあります。
