鈍感力の驚くべきパワー メリットとデメリット

鈍感力、という言葉を聞いたことがあるでしょうか。

ここでいう鈍感力とは、人から言われたことや、周囲の空気に対して、あまり過剰に反応しすぎない力のことです。

目次

メリット

この力は、うまく使えばとても素晴らしいものです。

人の評価に振り回されず、目の前のことに深く集中できる。
周囲の声に流されず、自分の関心や衝動を大切にできる。
まだ形になっていないものに、本気で入り込むことができる。

それは、何かを突き抜けていくうえで、大きな力になることがあります。

ただし、私は同時に、この鈍感力にはかなり注意も必要だと思っています。

なぜなら、鈍感力は扱い方を間違えると、自分勝手さや無神経さにもつながってしまうからです。

うまく使えば強みになる。
でも、自分本位に使えば、人との関係を壊したり、自分の成長を止めたりする。

鈍感力は、ある意味で諸刃の剣なのだと思います。

昔、子どもがゲームに熱中していて、母親から呼びかけられても答えられなかった場面がありました。

母親はかなり憤慨していました。

「こんな近くで話しかけているのに、どうして返事をしないの?」

そう感じるのも自然なことだと思います。

呼びかけた側からすれば、無視されたように感じることもあるでしょう。

日常生活の中では、返事をすることも大切です。

人との関係の中で生きている以上、周囲への配慮も必要です。

ただ、私はその光景を見て、少し違うことも感じました。

それは、素晴らしい集中力だな、ということでした。

あんなに近くで話しかけられているのに、耳にさえ入っていない。

それほど目の前のことに入り込んでいる。

これは、見方を変えると、とても貴重な力でもあります。

何かに熱中する。
周りの音が入らなくなるほど、一つの世界に入り込む。
自分の関心に深く潜っていく。

そういう力は、簡単に育つものではありません。

社会に出ると、多くの場合、目の前のことだけに集中することは難しくなります。

仕事をしながら、周りの様子を見る。
人の表情を読む。
次に何が起こるかを考える。
迷惑をかけていないか気を配る。
自分の作業だけではなく、チーム全体の流れも見る。

もちろん、これは大切なことです。

社会の中で生きるには、周囲に意識を向ける力も必要です。

ただ、その一方で、いろいろなものに気を配りながら目の前の仕事をするというのは、本当の意味で深く集中することを難しくする面もあります。

何かに没頭する前に、

「今、これをしていていいのだろうか」
「周りからどう見られているだろうか」
「誰かに何か言われないだろうか」

そんな意識が入りすぎると、心はどうしても分散します。

その点、鈍感力を持っている人は、突っ走る力があります。

周りの声や評価に引っ張られすぎず、自分が今向かっているものに集中できる。

それは、何かを深めていくうえで、とても大きな力になることがあります。

天才と呼ばれる人や、何かを突き抜けていく人には、このような鈍感力があるように感じます。

周りから何を言われても、自分の中にある関心や衝動を簡単には手放さない。

まだ形になっていないものに夢中になり、人から見れば「そんなことをして何になるの?」と思われるようなことにも、本気で入り込んでいく。

そういう熱中の中から、後になって大きなものが生まれることもあります。

だから私は、鈍感力そのものを否定したいわけではありません。

むしろ、うまく使えば、これは本当に素晴らしい力だと思っています。

デメリット

ただし、ここが大事です。

鈍感力は、持っていればそれだけで良い、というものではありません。

使い方を間違えると、かなり大きなデメリットになります。

たとえば、周りにあまりにも意識が向かなければ、「空気が読めない人」「チームワークを乱す人」と見られてしまうことがあります。

本人には悪気がなくても、周囲の人が困っていたり、負担を感じていたりすることに気づけない場合もあります。

「自分は集中していただけ」
「自分は悪いことをしたつもりはない」
「自分は気にならない」

本人の中ではそうかもしれません。

でも、周りの人にとっては、そう受け取れないこともあります。

自分が気にならないからといって、相手も気にならないわけではありません。

自分が困っていないからといって、周りも困っていないとは限りません。

ここを見落とすと、鈍感力は強みではなく、ただの自分勝手さになってしまいます。

さらに、人からの言葉をまったく受け取らなくなると、自分を省みる機会を逃してしまうこともあります。

「自分は気にならないから」
「別に困っていないから」
「これでいいと思っているから」

そうやってすべてを流してしまうと、本当は見た方がよかった自分の癖や、変えていける部分まで見えなくなってしまうかもしれません。

人の言葉に振り回されすぎる必要はありません。

でも、人の言葉を全部はね返してしまうのも、また危ういことです。

耳の痛い言葉の中に、自分を責めるためではなく、自分を育てるためのヒントが入っていることもあります。

鈍感力が強い人ほど、そこには注意が必要なのだと思います。

なぜなら、その力が強いほど、自分の世界に深く入れる一方で、周囲とのズレにも気づきにくくなるからです。

集中力がある。
突き進む力がある。
人の評価に振り回されない。

それは素晴らしいことです。

でも、それを理由にして、

人の話を聞かない。
周りの迷惑を見ない。
自分のやり方だけを押し通す。
相手の気持ちを考えない。

そうなってしまうと、その力は自分の足を引っ張るものになります。

本来は才能だったものが、人間関係の壁になってしまう。

本来は自由になるための力だったものが、自分を孤立させる原因になってしまう。

自分自身の成長の足を引っ張ることになってしまうのです。

それは、とてももったいないことだと思います。

まとめ

だから、鈍感力そのものを良い悪いで分けるよりも、その力をどう扱うかが大切なのだと思います。

何でも気にしないことが強さなのではなく、何を気にしなくてよくて、何を大切に受け取る必要があるのか。

そこを見分けていくことが大事なのだと思います。

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