嫌っていた人が実は理解者だった

「自分ができずに苦しんできたことを、いちばん嫌っていた人が、ずっと目の前でやり続けていた。」

あるワークショップ参加者の話。

彼はずっと、

「人はこうあるべき」

「家族に嫌われてはいけない」

「周りに迷惑をかけてはいけない」

という思いを強く持って生きてきた。

本当はやりたいことがあっても、

親や社会の目を気にして、自分の気持ちより「正しいと思われる選択」をしてきた。

そのおかげで家族との関係は保てた。

でも、自分自身はどんどん苦しくなっていった。

そんな彼が、ずっと許せなかった人がいた。

兄だった。

兄は、周りに何を言われても、自分を曲げなかった。

彼にはそれが、わがままで、身勝手に見えていた。

ところが内観を続ける中で、見え方が反転した。

もしかしたら自分は、

兄そのものが嫌だったのではない。

自分が怖くてできなかった「自分の気持ちに従って生きる」ということを、兄が目の前でやり続けていたから、こんなにも反応していたのではないか。

自分がずっと欲しかった自由を、

兄は生きていた。

「自由に生きてもいい」

それを誰より近くで見せ続けてくれていたのが、

実は、一番嫌っていた兄だった。

人が変わったのではない。

過去が変わったのでもない。

同じ兄、同じ家族、同じ過去なのに、その意味がまるごと変わった。

一緒に住みながら、七年も兄とは一言も話していないという彼、帰り際ににっこりと笑ってこう言いました。

「今日はお土産を兄に買って帰ります。ありがとうの意味を込めて」

内観では、ときどきこんなことが起こります。

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