「自分はこれが怖い」「私はこういう人が好き」「結婚するなら愛が一番大事」――そう感じているとき、私たちはそれを“自分自身の気持ち”だと思っています。
もちろん、その感情は本物です。怖いものは怖いし、好きなものは好きです。
けれど、もう一つ別の問いがあります。
「その感じ方は、どこから来たのだろう?」
心理学や文化研究を見ていくと、私たちが「自分の性格」「自分の好み」「自分の価値観」だと思っているものの中には、親の表情や言葉、周囲の人、所属する集団、物語、そして文化から受け取ったものが、思っている以上に入り込んでいることがわかります。
今回は、「恐怖」「好き嫌い」「愛着」「幸せの感じ方」「結婚と愛に対する価値観」について、実際の研究を見ながら考えてみましょう。
「本当の自分の気持ちって何?」
「どう思い、どこに進めばいいの?」
こんな疑問に対する答えやヒントになると嬉しいです。
「生まれつき」か「後天的」か――実際は、その両方
最初に大事なことを書いておきます。
「感情は全部、周囲から植え付けられたものだ」という話ではありません。
人間には、恐怖を感じる仕組み、誰かに愛着を持つ仕組み、快・不快を感じる仕組みなど、生物として備わっている部分があります。
一方で、研究が示しているのは、「何を怖がるか」「何を幸せだと思うか」「誰を仲間だと思うか」「愛や結婚をどう捉えるか」といった“感情の向き先や意味づけ”は、周囲からかなり影響を受け得るということです。
母親が怖がると、幼児もそれを避けるようになる
そのことを非常にわかりやすく示したのが、オーストラリア・マッコーリー大学のFriederike C. GerullとRonald M. Rapeeが2002年に発表した実験です。[1]
研究では、1歳半前後の幼児30人にゴム製のヘビやクモを見せました。
そのとき母親が、ある対象には怖がったり嫌がったりする表情を見せ、別の対象には肯定的な表情を見せます。
その後、母親が普通の表情に戻った状態で、1分後、10分後にもう一度同じ対象を見せました。
すると、母親が否定的な反応を示した対象に対して、幼児はより恐怖を示し、避けるようになりました。
つまり子どもは、「これは危険だよ」と言葉で説明されなくても、身近な大人の表情を手がかりにして、「これは警戒した方がよいものらしい」と学んでいたのです。
これは30人だけの特殊な結果なのか?
この研究だけなら、「たまたまでは?」という疑問も残ります。
しかし2023年、乳幼児期の「親から子への恐怖の伝達」を調べた研究をまとめた系統的レビューとメタ分析が発表されました。[2]
対象となったのは23研究で、そのうち19研究がメタ分析に含まれています。実験研究だけを取り出しても、親の怖がる反応を見た乳幼児は、未知の対象に対する恐怖と回避行動の両方が増えていました(Hedges’ g = 0.44)。
大きすぎる効果ではありませんが、「親の反応を見ることで恐怖を学習する」という現象が、Gerullらの実験だけの偶然ではないことを示しています。
さらに2024年には、「親から“これは危ない”などの脅威情報を言葉で伝えられることで、子どもの恐怖がどう変わるか」を調べた研究のメタ分析も発表されました。[3]
実験研究に限ると、未知の対象に対する子どもの恐怖への効果はHedges’ g = 1.26と、大きなものでした。
ただし、この研究では「怖いと本人が感じる」という主観的な指標への効果が中心で、心拍や実際の回避行動まで同じ大きさで変わるとまでは言えません。ここは研究者自身も慎重に書いています。
逆に、「大丈夫」という反応も学習される
興味深いのは、恐怖だけではありません。
2007年、EglistonとRapeeは12~20か月の幼児77人を対象に、最初に母親がある対象に肯定的に反応する様子を見せ、その後、知らない大人が同じ対象を怖がるという実験をしました。[4]
すると、先に母親の肯定的な反応を見ていた幼児は、後から他人が怖がっても、その対象に比較的近づき、より肯定的に反応しました。
「怖い」という情報が伝わるのなら、「これは大丈夫」という情報もまた伝わる。
子どもは周囲の人の反応を、その場だけ真似しているのではなく、「この世界をどう捉えたらよいか」を学ぶための情報として使っているようです。
文化は「どんな幸せを好むか」にまで影響する
もっと面白いのが、「何を気持ちよい、幸せだと思うか」という部分です。
Jeanne Tsaiらは、アメリカと台湾などの未就学児を対象に、「ワクワクするような高揚した幸福」と「穏やかで落ち着いた幸福」のどちらを好むかを調べました。[5]
ヨーロッパ系アメリカ人の子どもは、台湾系中国人の子どもより、興奮した活動や表情を「幸せ」と結びつける傾向が強く見られました。
さらに研究者たちは、アメリカと台湾で売れている子ども向け絵本も分析しました。
すると、アメリカの絵本には、より興奮した表情、大きな笑顔、活発な活動が多く、台湾の絵本には相対的に穏やかな表現が多く見られました。
そして、読む物語を変える実験をした
ここまでなら、「もともと性質の違う子どもが、それぞれの文化にいるだけでは?」とも考えられます。
そこで研究者は、子どもに「興奮した主人公の物語」または「穏やかな主人公の物語」を実際に読ませ、その後の好みを調べました。
すると文化圏をまたいで、興奮した物語を読んだ子は、穏やかな物語を読んだ子より、興奮する活動を好み、興奮した笑顔を「より幸せそう」と判断する方向へ変化しました。
もちろん、これは短時間の実験なので、「一冊の絵本で人生観が変わる」という意味ではありません。研究者自身も、長期的な影響まではこの実験ではわからないとしています。
それでも、文化の中にある物語や表現に触れるだけで、「どんな状態を幸せだと思うか」が動き得ることを実験で示した点は、とても興味深いと思います。
「愛情」に近い部分も、関わり方によって変わり得る
「愛情」はそのまま数値化するのが難しいため、心理学ではよく愛着(attachment)という概念を研究します。
愛着は、「この人のそばなら安心できる」「困ったときに頼ることができる」といった、養育者との関係のあり方です。愛そのものと全く同じではありませんが、人との深い結びつきを考えるうえで重要な指標です。
2003年のメタ分析では、70の介入研究がまとめられました。[6]
親が子どものサインに気づき、適切に応答する「敏感な養育」を増やす介入によって、親の応答性だけでなく、子どもの愛着の安定性にも変化が見られました。
さらに2024年、174研究・22,914組の親子をまとめたメタ分析でも、養育者の敏感な関わりと子どもの安定した愛着との間には、一貫した正の関連が確認されています(全体で r = .25)。[7]
つまり、人と人との結びつきも、「その人が生まれつきどんな人間か」だけで決まるものではなく、日々どのように関わられてきたかの影響を受けています。
「誰が好きか」は、意味のないグループ分けだけでも動く
好き嫌いについては、さらに驚く実験があります。
Dunham、Baron、Careyは、5歳児140人を、意味のないグループにランダムに割り当てました。[8]
競争をしたわけでもありません。過去に何かされたわけでもありません。ただ「あなたはこちらのグループ」と振り分けられただけです。
それでも子どもたちは、同じグループの見知らぬ子をより好意的に評価したり、より多くの資源を分けたりする傾向を示しました。
「あの人たち」と「私たち」という境界ができるだけで、好意の向きまで変わり得るのです。
「愛がなければ結婚しない」は、どこまで普遍的なのか?
では、恋愛や結婚についてはどうでしょう。
1995年、Levineらは、インド、パキスタン、タイ、メキシコ、ブラジル、日本、香港、フィリピン、オーストラリア、英国、米国の11文化の大学生を対象に、「結婚を始めること、続けることにとって愛がどれだけ重要か」を調べました。[9]
その結果、愛を結婚の判断で重視する程度には文化差があり、特に個人主義的な文化や西洋・西洋化された社会では、結婚の成立に愛をより重要視する傾向が見られました。
もちろん、これは1990年代の大学生を対象とした研究です。現在の日本人全体がどう考えるかを、そのまま示しているわけではありません。
それでも、「結婚するなら恋愛感情があるのが当然」「愛がなくなったら結婚を続ける意味はない」といった感覚すら、人類共通の唯一の価値観ではなく、社会によって重みづけが変わることを示しています。
では、恋愛感情そのものも文化が作ったものなのか?
ここは、少し慎重に考える必要があります。
JankowiakとFischerが166の社会について民族誌資料を調べた研究では、大多数の文化で恋愛・情熱的な愛に相当する証拠が確認されています。研究者たちは、恋愛感情そのものは「ほぼ普遍的」である可能性を指摘しました。[10]
つまり、愛する能力そのものまで文化がゼロから作ると考える必要はなさそうです。
一方で、誰を愛してよいのか、愛と結婚を結びつけるのか、家族と個人のどちらを優先するのか、愛がなくなったらどうするのか――そうした「愛の意味づけ」には文化が深く入り込んでいると考える方が、研究には合っています。
自分の感情は「嘘」なのではない
ここで誤解したくないのは、
「周囲から影響された感情なら、本当の自分の気持ちではない」
ということではありません。
怖いと感じているなら、その怖さは本物です。誰かを好きなら、その好きという気持ちも本物です。
ただ、「今そう感じていること」と、「なぜそう感じるようになったか」は別の話です。
幼いころに見た親の表情かもしれない。
「普通はこうするものだ」と繰り返し聞いた言葉かもしれない。
友人たちの反応かもしれない。
テレビや本の中で何度も描かれてきた「幸せの形」かもしれない。
あるいは、「こちら側の人」と「あちら側の人」を分ける、目に見えない境界かもしれません。
「これは本当に自分が選びたいものだろうか?」
ビヨンドでは、心の中にある「枠」に気づくことを大切にしています。
その枠は、誰かに悪意をもって植え付けられたとは限りません。親も、そのまた親や社会から受け取った価値観を、自然に子どもへ伝えていることがあります。
文化も同じです。誰か一人が決めたわけではないのに、「これが普通」「これが幸せ」「これは恥ずかしい」「これは怖い」という感覚が、いつの間にか共有されていきます。
だから、自分の心を見るときには、
「私はなぜ、これをこんなに怖いと思うんだろう?」
「私はなぜ、これを“普通”だと思っているんだろう?」
「もし誰にも評価されなかったとしても、私は本当にこれを選びたいだろうか?」
と問いかけてみることには、大きな意味があると思います。
それは、自分の感情を否定するためではありません。
自分の中にいつの間にかできた枠に気づき、「今の自分はどうしたいのか」を改めて選べるようになるためです。
研究から見えてくること
- 恐怖は、親の表情や言葉を通して学習され得る。
- 反対に、身近な人の「大丈夫」という反応も子どもに影響する。
- 「ワクワクする幸せ」と「穏やかな幸せ」のどちらを好むかにも文化的な学習が関わる。
- 人との安定した結びつきは、養育者の関わり方と関連し、介入によって変化し得る。
- 意味のない集団分けだけでも、「自分たち」を好む傾向が生まれる。
- 恋愛感情そのものは広い文化で見られる一方、愛と結婚をどう結びつけるかは文化によって大きく異なる。
私たちは、何もないところから自由に価値観を作っているわけではありません。
生まれ持った性質と、その後に出会った人や文化。その両方が重なって、「今の自分」ができています。
そう考えると、「自分はこういう人間だから仕方ない」と思っていたものの中にも、変わる余地があるのかもしれません。
自分の心の枠に気づく。
そして、必要なら、もう一度選び直してみる。
その余白があること自体が、私たちがより自由に生きるための一つの希望なのではないでしょうか。
参考文献・エビデンス
本文中の番号から、元論文や研究データを確認できます。できるだけPubMed、PMC、大学リポジトリ、出版社の論文ページなど、一次資料またはそれに近いページへリンクしています。
- Gerull, F. C., & Rapee, R. M. (2002). Mother knows best: effects of maternal modelling on the acquisition of fear and avoidance behaviour in toddlers. Behaviour Research and Therapy, 40(3), 279–287. DOI: 10.1016/S0005-7967(01)00013-4. PubMedで確認
- Nimphy, C. A., et al. (2023). Parent to Offspring Fear Transmission via Modeling in Early Life: A Systematic Review and Meta-Analysis. Clinical Child and Family Psychology Review, 26, 751–772. DOI: 10.1007/s10567-023-00448-1. 全文(PMC)
- Nimphy, C. A., et al. (2024). The Role of Parental Verbal Threat Information in Children’s Fear Acquisition: A Systematic Review and Meta-analysis. Clinical Child and Family Psychology Review, 27, 714–731. DOI: 10.1007/s10567-024-00485-4. 全文(Springer)
- Egliston, K.-A., & Rapee, R. M. (2007). Inhibition of fear acquisition in toddlers following positive modelling by their mothers. Behaviour Research and Therapy, 45(8), 1871–1882. DOI: 10.1016/j.brat.2007.02.007. PubMedで確認
- Tsai, J. L., Louie, J. Y., Chen, E. E., & Uchida, Y. (2007). Learning What Feelings to Desire: Socialization of Ideal Affect Through Children’s Storybooks. Personality and Social Psychology Bulletin. DOI: 10.1177/0146167206292749. Stanford大学掲載PDF
- Bakermans-Kranenburg, M. J., van IJzendoorn, M. H., & Juffer, F. (2003). Less is more: meta-analyses of sensitivity and attachment interventions in early childhood. Psychological Bulletin, 129(2), 195–215. DOI: 10.1037/0033-2909.129.2.195. PubMedで確認
- Madigan, S., et al. (2024). Maternal and paternal sensitivity: Key determinants of child attachment security examined through meta-analysis. Psychological Bulletin, 150(7), 839–872. DOI: 10.1037/bul0000433. PubMedで確認
- Dunham, Y., Baron, A. S., & Carey, S. (2011). Consequences of “minimal” group affiliations in children. Child Development, 82(3), 793–811. DOI: 10.1111/j.1467-8624.2011.01577.x. 全文(PMC)
- Levine, R., Sato, S., Hashimoto, T., & Verma, J. (1995). Love and Marriage in Eleven Cultures. Journal of Cross-Cultural Psychology, 26(5), 554–571. DOI: 10.1177/0022022195265007. 論文ページ(SAGE)
- Jankowiak, W. R., & Fischer, E. F. (1992). A Cross-Cultural Perspective on Romantic Love. Ethnology, 31(2), 149–155. DOI: 10.2307/3773618. UNLVリポジトリで確認
研究を読む際の注意
ここで紹介した研究から、「人の感情や価値観はすべて環境によって決まる」と結論づけることはできません。生物学的な傾向、気質、個人の経験、社会・文化は互いに影響し合います。また、実験室で確認された短期的な変化が、そのまま何十年も続くとは限りません。
この記事では、研究結果を「人間の感じ方は固定されたものではなく、周囲との関わりによって変化し得る」という範囲で紹介しています。
