スタッフ聡子が哲学者に?!

『自分はなぜ生まれ、なんの為に行きているのか?』

こんな疑問が彼女の中で大きくなり、必死に答えを探そうとしているようです。ビヨンドでは作業一つとっても全てが学びであることを来た人に伝えたりしています。上記のような根本的な問いを自分自身に投げかけて初めて精神探求は始まります。『本当の自分』になるために、『本当の自分』でいられるために、彼女には自分自身で答えを見つけてもらえたら良いなと思っています。その問を超えた時、彼女にbeyondの意味がわかってもらえるでしょう。彼女が自身の言葉を綴っているので是非読んであげて下さい!
引用元よく考えたら、深い問い

ビヨンドでの生活も、慣れたようで、まだなんか慣れない。なんか、まだぎこちない。笑

ある日の作業で、室田さんが2年ほど前に研修生だった大学生の男の子の話をしてくれた。幼稚園の頃に、大好きなおばあちゃん?を亡くしたときから、彼は「人は結局死ぬのに、どうして生きているんだろう」っていう問いが生まれたらしい。幼稚園児から哲学的な問いに気づくなんて・・・

その時種まきしてたけど、その話を聞いてから、もう作業どころじゃなかった。「確かに・・・人は最後死んでしまう。わたしはなんでここに”存在”してるんだろう」って頭の中で繰り返されていた。めっちゃ考えたい!!!って。あの時の感覚は今でも覚えてる。

わたしはどうして生まれたのか?

毎日一生懸命に大切に生きろ、って言うけど何のため?幸せになるため?後悔しないため?

わたしにとって幸せって、ただお日様の下で小鳥のさえずりや、川のせせらぎを聴いて、そよ風を感じられればそれだけで満足なんだけど?

でもそれだけじゃ、ダメみたい。

どうして?

日本国民は、働く義務がある。

なんのために働くの?月々の支払いのため、将来国に面倒を見てもらうための税を納めるため、経済的安定のため?

お金の持つ働きってなんだ?お金はたくさんあればいい?

今ある自分の名声や肩書を外したら、いったい自分に何が残ってるの・・・・?

と、まあこんな問いがいくつも出てくるわけです。

文字化したくても、できない。頭の中の思考に手が追い付けないというか、考えれば考えるほど、訳が分からない。

ビヨンドに来てなかったら、こんなこと考えてなかったと思う。

カナダに留学した時から、世界一周、帰国後と、たくさん自分と向き合ってきたけど、今私の中で究極な問いが生まれている。

“何のためにわたしは生きているのか?”

この問いに正解も間違いもないと思うけど、もし自分にスーッと共感・納得できるようなことがあれば、生きることがもっと楽しくなる。

そんな気がする。