「ああ、本当はこんなことを言いたい。でも、人の目が気になって言えないな……」
「実は自分、こういうことが好きなんだ。こんなことをやってみたい。でも、周りの人にどう思われるか気になって、なかなか行動に移せない……」
そんな経験はありませんか?
自分が本当に思っていることと、実際に取っている行動が違う。そのズレの原因が、周りの人の意見や視線にあることは、意外と多いのではないでしょうか。
今回は、なぜ私たちは人の目を気にしてしまうのか。そして、どうすればもっと自由に、自分らしく生きられるようになるのかについて、私自身の体験も交えながらお話ししたいと思います。
人の目を気にすることは、悪いことばかりではない
周りの人の目があることには、メリットもデメリットもあります。
例えば、一人で勉強していると、つい怠けてしまうことがありますよね。でも、図書館などで周りの人も勉強している環境に身を置くと、その視線が刺激となり、自然と集中できたりします。
これは、人の目を気にすることのメリットの一つです。
また、自分がやりたいと思っていることでも、それが周りの人の迷惑になるのであれば、相手のことを考えて行動を控える。これも、人の目を意識することで生まれる良い面と言えるでしょう。
ですから、人の目を気にすること自体が悪いわけではありません。
人の目が、自分の自由を奪ってしまうこともある
一方で、人の目を気にすることが、自分の自由を狭めてしまう場合もあります。
本当はやってみたいことがあるのに、「変な人だと思われるかもしれない」と諦めてしまう。
自分の考えを伝えたいのに、「反対されたらどうしよう」と黙ってしまう。
本当は違う道に進みたいのに、「周りの人が期待しているから」と、望んでいない道を選んでしまう。
こんなふうに、周りの人の視線が気になるあまり、自分の本当の思いとは違う選択をしてしまうことがあります。
これは、「ありのままの自分で生きる」ということを考えたとき、大きなデメリットになり得ます。
もちろん、周りへの思いやりも大切です。でも、それと同じくらい、自分自身の思いも大切にしてよいのではないでしょうか。
私自身も、人の目を気にして大切なものを逃していた
実は、私自身にも、人の目を気にしていた経験があります。
逆上がりができるまで、みんなと練習しなかった小学生の頃
神奈川に住んでいた小学生の頃のことです。
私は当時、鉄棒の逆上がりができませんでした。
ある日、友達から「昼休みに逆上がりの練習をしようぜ!」と誘われたのですが、私は「俺は行かない」と断りました。
逆上がりができないところを、友達に見られたくなかったのです。
でも、逆上がりができるようになりたくなかったわけではありません。
学校が終わってから、一人で公園に行き、夕方にこっそり練習していました。そして、逆上がりができるようになってから、ようやくみんなと合流したのです。
当時は、それが当たり前だと思っていました。もしかすると、私以外にも同じようなことをしていた子は多かったのではないでしょうか。
大学のバスケサークルで見た、衝撃的な光景
それから時が経ち、私は京都に引っ越し、大学でバスケットボールのサークルに入りました。
そこに、同じように初心者として入ってきた人がいました。
その人は、最初はまるでシュートが入りませんでした。
でも、そんなことはお構いなしに、みんなと一緒に練習していたのです。
それを見た私は、最初、ちょっと不思議に思いました。
「自分だったら、あんなにシュートが入らなかったら恥ずかしいな。もう少し一人で練習して、できるようになってから参加するだろうな」
ところが、その人はみんなと一緒に練習しているうちに、みるみる上達していきました。
最初は全然入らなかったシュートも、少しずつ入るようになってきたのです。
それを見て、私はハッとしました。
「あれ? 自分だったら、この練習時間に参加しないで、どこかで一人で練習していたかもしれない。でも、それって、みんなと一緒に練習する機会を自分から捨てているってことじゃないか!」
今まで自分は、なんてもったいないことをしていたんだろう。
そんなことに気づいたのです。
シュートが入らなくても、そこには幸せな時間があった
でも、私の考え方を大きく変えたのは、単に「みんなと練習した方が上達する」ということに気づいたからだけではありません。
もっと大きな発見があったのです。
その初心者の人は、シュートが入らないことを恥ずかしがりながら、必死に我慢して練習していたわけではありませんでした。
楽しそうだったのです。
そして、周りの人たちも、その人がシュートを外すことをバカにしたりはしませんでした。
むしろ、「なんだ、その面白い外し方は!」という感じで、みんなで笑って楽しんでいたのです。
その外し方があまりにも面白くて、私からすると「俺より面白いことをやっていて悔しい!」と思ってしまうぐらいでした。
その場に流れていたのは、失敗を責めたり、できないことを恥ずかしがったりするような空気ではありませんでした。
みんなが笑い合って、一緒に楽しんでいる。
その光景が、私にはとても幸せそうに見えたのです。
人の目を気にして、私は何を失っていたのか
その光景を見て、私は気づきました。
小学生の頃、逆上がりができない姿を友達に見せたくなくて、一人で練習していた自分。
あのとき、もし友達と一緒に練習していたら、どうだっただろう?
できないことを笑い合ったり、励まし合ったり、できるようになったことを一緒に喜んだり、そんな時間があったかもしれません。
ところが私は、人の目を気にするあまり、そうした時間を自分から避けていたのです。
失敗する姿を見られたくない。
恥ずかしい思いをしたくない。
そう思って行動していたつもりでした。
でも実際には、自分を守っていたつもりで、幸せな体験をする機会まで逃していたのかもしれない。
そう気づいたとき、人の目を気にして行動を制限することが、なんてもったいないことなのかと思ったのです。
それから私は、できない姿を見られることを以前ほど気にせず、みんなと一緒に練習するようになりました。
もちろん、それまでの習慣が一瞬ですべて消えたわけではありません。
でも、自分の中で何かが大きく変わったのです。
人の目を気にしないように頑張ったというよりも、人の目を気にして避けていた先に、実は自分が求めていた楽しい世界があったことに気づけたのだと思います。
「気にしないように頑張る」よりも、自分の心に気づくこと
この経験から、私が大切だと思うようになったことがあります。
それは、単に「人の目を気にしないようにしよう!」と頑張ることではありません。
そもそも自分は、なぜ人の目を気にしているのだろう?
そこに目を向けてみることです。
例えば、何かをやってみたいのに、人の目が気になって行動できないとき。
「どうして自分は、そんなに周りの評価を気にしているんだろう?」
「自分は何を恐れているんだろう?」
「それを避けることで、自分は本当に幸せになれるんだろうか?」
「自分は本当は、どんな体験をしたいんだろう?」
そんなふうに、自分の心を見つめてみます。
すると、これまで当たり前だと思っていた考え方が、実は自分の望んでいる方向とは違うところへ自分を連れていっていた、と気づくことがあります。
私の場合は、まさにそうでした。
できない姿を見られないようにすることが自分のためになると思っていたのに、そのせいで、みんなと楽しく過ごす時間を逃していたのです。
そのことに気づいたからこそ、「じゃあ、もうそんなことを気にする必要はないな」と、自然に考え方が変わっていきました。
気づくことで、人生の選択が変わっていく
もちろん、何かに気づいたからといって、今までの習慣が一瞬ですべて消えるわけではないと思います。
長い間身についてきた考え方や行動の癖は、少しずつ変えていく必要があるでしょう。
でも、一度気づくことができれば、大きな違いが生まれます。
今までは、人の目が気になったら、そのまま自分の気持ちを抑えて、周りに合わせていたかもしれません。
ところが、自分がなぜそうしているのかを理解できるようになると、その瞬間に立ち止まれるようになります。
「あ、また人の目を気にしているな」
「でも、ちょっと待てよ。本当にそれでいいんだろうか?」
「いや、やっぱり僕はこっちをやってみたい!」
そうやって、これまでとは違う選択ができるようになっていくのです。
最初はほんの小さな変化かもしれません。
それでも、その小さな選択を重ねていくことで、少しずつ自分の本当に望む方向へ進めるようになるのではないでしょうか。
自分らしく生きることは、人との幸せを広げることにもつながる
私が大学のバスケサークルで見た光景は、今でも印象に残っています。
シュートが入らなくても楽しそうに練習している人。
その姿をバカにするのではなく、一緒に笑って楽しんでいる仲間たち。
そこには、失敗したら恥ずかしいという考え方からは想像できなかった、幸せな時間がありました。
もし、自分が失敗を恐れてその場に参加しなかったら、そんな時間を一緒に過ごすことはできません。
人の目を気にしなくなることで得られるものは、単に「自分が自由に行動できる」ということだけではないのかもしれません。
人との関わりの中で、今まで気づかなかった楽しさや幸せに出会えるようになる。
そんなこともあるのだと思います。
もちろん、どんな場でも失敗を温かく受け止めてもらえるとは限りません。周りの人や環境によって違いもあるでしょう。
だからこそ、自分の心を見つめると同時に、互いの失敗を責めずに笑い合えるような関係や環境も、大切にしていきたいですね。
ビヨンド自然塾が大切にしていること
ビヨンド自然塾では、こうした心と行動のつながりを大切にしています。
人の目を気にしてしまう自分を、無理に変えようとする必要はありません。
また、「こう考えなければいけない」「こう生きるべきだ」と、誰かに答えを決めてもらう必要もないと思います。
大切なのは、自分がなぜそう考え、なぜそう行動しているのかに自分自身で気づき、自分の進みたい方向を選べるようになることです。
自分の心に気づくと、選択が変わります。
選択が変わると、行動が変わります。
行動が変わると、人との関わり方や、その先に起こる出来事も変わっていくことがあります。
そうして、自分が本当に望んでいる生き方へ、少しずつ近づいていけるのだと思います。
周りの人の目に振り回されるのではなく、かといって周りの人を無視するのでもなく、自分も相手も大切にしながら、ありのままの自分で生きていく。
ビヨンド自然塾では、そんな生き方のヒントを伝えています。
心が変わると、人生はどう変わる?
ビヨンド自然塾に関わってくださった方々からは、さまざまな体験談や感想も寄せられています。
考え方が変わったことで、それまでできなかった選択ができるようになったり、人との関わり方が変わったり。
心の変化が、実際の行動や人生にどのようにつながっていくのか。
興味を持ってくださった方は、ぜひそうした声にも触れてみてください。
今まで当たり前だと思っていたことを、ちょっと違う角度から眺めてみる。
それだけで、これまで見えていなかった世界が見えてくることもあります。
自分らしく、もっと自由に生きるための何かのヒントが見つかれば嬉しいです。
