生物が90点だったよ!
自分が家庭教師で教えているMちゃんが楽しそうに報告してくれました。
これまでのMちゃんからすると、かなり驚きの点数のようです。本人がかなり喜んでいました!
90点と言っても小テストで、問題数も少なく高得点を取るのはそれほど難しくない気もしますが、本人が喜んでいるのが凄く嬉しかったです。
Mちゃんがこれまで成績が低かったのは、勉強に対する『捉え方』が楽しいものではなかったからだと思います。
自由で素直なMちゃんからすると、やりたくもないのにやるのは嫌!というシンプルな行動をとっていたのだと思います。
これはまさに自分がそうだったので、その気持は良く分かります。
そして、楽しくないから勉強をしないでいるうちに、今度は苦手意識が生まれて来やすいです。Mちゃんもそういう感じがありました。
そして、それ以上にお母さんにそのような思いが募っているようです。
そんな気持ちが払拭できれば、勉強はずっとやりやすくなります。
その一番の近道が、『実際に自分ができる事に気づく』事です。今回、Mちゃんが生物で高得点を取れたことで自信になればいいなと思っています。
Mちゃんの中で意識がこのようになると良いな~。
「生物で出来たことは、他の科目でも出来るはずだ」
「ちょっと勉強したら高得点が取れたのだ、勉強なんてやれば出来る!」
勉強なんて簡単♪
実際、やれば簡単にできます。
ただやらない人が多いだけなのです。(無理にやる必要性も感じませんが)
自分は彼女に『勉強』を『遊び』にする方法を教えています。
ウンウン唸って覚えようと努力するのではなく、笑いながら勝手に覚えてしまうような方法などを。
それが少しずつ効果を示してきたのかもしれません♪
努力 vs. 情熱
『努力』は美徳と見做されがちですが、『無理して』頑張るというニュアンスも持っています。一方、『遊び』は無責任、不真面目を連想させがちですが、実は『好きだから』思わずやってしまうということを意味しています。
何が言いたいかというと、『努力』の方が『遊び』よりも大きなパワーを持っているようにも聞こえますが、実際はそうとは限らないということです。
野球の素振りが嫌いな人が一時間振り続けたとしたら『努力』したことになるでしょうが、野球が好きでたまらない少年が3時間振り続け、手に血豆ができても『遊び』と呼ぶかもしれません。
自分は高校時代に半年で偏差値31から75にあげた経験があります。
実際にその時はむちゃくちゃ勉強しましたが、それはまさに『遊び』だったのです^^
親には「体が心配だからやり過ぎないで、、、」とペースを落とすように依頼されたくらいです(まぁ、ペースを落としたりはしないんだけどね^^)。
右手は腱鞘炎で鉛筆を持てくなくなり、その後に左手で書く練習をし、その左手も腱鞘炎になったほどでしたが、やはり『遊び』なんですよね。
もちろん手が痛いのは嫌でしたし、大変なことは沢山ありましたが、遊びなんてものは本当に集中すればそんなものでしょう?
『遊び』というと軽いイメージになりますが、自分の言う『遊び』というのは『情熱』のイメージです。その方がわかりやすいかな?
個別指南を受けに県外から
自分からすると当たり前の勉強方法でも、何故か学校では教えられません。
という想いから家庭教師や個別指南を行ってるのですが、光栄なことに県外からも聞きに来てくれる人がいます。
今週の土曜日にも愛知から一人、千葉から一人、、、
共に高校生です。
彼らが勉強に対して『努力』から『遊び』と思えるようになれば、成績は上げ放題でしょうね~