不満ばかり
「うわ、カレー冷めてるじゃん、、、。」
「お母さん今手を離せないから、自分で温めて。」
「うわ、、めんどくせえ、、、」
小学三年生の祐太郎は父親とともに同級生の小作の家に遊びに来ていた。
「いいよもう、冷めてても!」
面倒くさそうに言う小作に対して祐太郎は言った。
「温めるの、俺がやっていいか?」
祐太郎は嬉しそうにガスコンロの火をつけた。
「あれ?なんだこれ!網戸が固くて動かないよ!」
小作はまたイライラして大声を出している。
「どれどれ?あ~これ、こうすればいいんじゃないかな?」
祐太郎が何やら少し戸をいじると網戸はスムースに動くようになった。
「おい、俺たち見るからテレビ貸せよ。」
「やだ~、お兄ちゃん、朝ずっと見てたじゃん!」
今度は小作と妹の恵子が言い争っている。祐太郎は穏やかな口調で言った。
「なぁ、それよりもサッカーやらないか?」
「おう、そうだな。やろうやろう!」
祐太郎の提案により、二人は外に出て楽しそうに走り始めた。
「皆~、ゼリーあるわよ!」
母親の声を聞き、二人は家に入ってきた。
「俺、みかん!」
「じゃ、俺もそれで」
用意されていたゼリーはみかんが2つ、ぶどうが一つだった。
小作と祐太郎がゼリーを食べ始めようとしたときに恵子が来た。
「あ!私もみかんが良かった!お兄ちゃんずるい!じゃんけん!」
「ふざけんなよ!お前が来るのが遅いのが悪いんだろ!」
また言い争いが始まったのをみて祐太郎は口を開いた。
「恵子ちゃん、これと交換しよう~」
そんな光景を見て小作の母は口を開いた。
「うちの子はすぐにイライラしちゃうんですけど、祐太郎君はそんなことないですか?」
祐太郎の暮らし
「う~ん、あいつが苛ついているのは見たことないですね。」
「えええ?そんな子供っています?!ご両親の育て方が素晴らしいのかな~」
「私も妻も別に何も大したことはしてやれていませんが、逆にそれがいいのかもしれませんね。」
「ん?どういうことですか?」
「私達があまりかまってあげてないので、 祐太郎は何でも自分でやれるようになろうと逆にしっかりとした感じに育ってくれているのだと思います。」
数日後、今度は小作が祐太郎の家に遊びに来ていた。
「さてと、そろそろ昼ごはんにしようか。」
「いいね~、賛成、賛成!」
「じゃぁちょっと具を摘みに行こう。」
そう言うと祐太郎は小作を家の前の畑に連れて行き、ふたりはそこで菜っ葉や椎茸を収穫した。
家に戻り際、祐太郎は転がっている枝や枯れ草を拾い出した。
「そんなのどうするんだよ。」
「火をおこして調理するんだよ。」
「え?火で調理するの?かっこいいな!」
祐太郎は火打ち石で枯れ草に火をつけ、かまどの中に投げ入れた。鉄鍋でお湯を沸かしながら、収穫した野菜を洗い包丁で切りはじめた。
味付けに味噌を入れながら祐太郎は言った。
「この味噌も家で作ったんだよ。旨いだろう?どうだ、凄くないか?食べ物も大地から生えてくるしさ、調理する薪なんかもその辺に転がっているんだぜ!」
子供なのにご飯を自分で作れるなんて凄いやつだなと思いながら、小作が一番驚いたのは祐太郎が嬉しそうにやっていることだった。
「おまえ、本当に楽しそうだな^^」
そして祐太郎が炊いたご飯を食べながら小作は唸った。
「お前、かまどでご飯なんか炊けるんだな、、、、」
「あはは、こんなの慣れれば誰でもできるよ。さ、そろそろ片付けしようか。」
”こいつ、片付けも洗い物も全部自分でやるのか、、、、。すごいな、、、”
小作の変化
「祐太郎、俺も手伝うよ!」
思わず自分の口から出た言葉に小作自身ちょっと驚いた。
こんな言葉は自分の家では口にしたことがなかったからだ。
一緒に羽釜や皿を洗いながら祐太郎は言った。
「畑で摘んで、火をおこして調理して、食べ終わったら片付けて、、、、、もう一時間半も経っているんだぜ。割とやることあるだろう?俺は普段、自分の分だけしかしないから楽だけどさ、家族の分も全部やるとなったら大変だろうな。お前んところはお母さんが全部一人でやっているのか?」
「・・・あぁ、、そうだな、、」
「でも、お前んちはガスコンロがあるからいいな。この前カレー温めるときに使わせてもらったけど便利だな、あれ!ぱっとついていきなり弱火にできるなんてな。あれは直火だと難しいぜ。それに煙が出ない!!」
「ガスコンロが凄いか、、、。思ったことねぇな。ちょっと温め直すだけで面倒くせぇなんて思っていたな、、、。」
「いや、スゲェよ!あんなの作れって言われても俺作れねぇよ。」
「まぁ、確かに俺も作れねぇけど、、、。そんなので感動できるお前は幸せだな。」
「あまりに当たり前に思ってしまうと感動は薄れるんだろうな。例えば恵子ちゃん。俺はずっと兄弟ほしいと思ってるからさ、すげぇ羨ましいよ。」
「えぇぇ?!恵子なんかいらねぇよ!マジで。」
「ははは、贅沢な意見だよな。ありがたさに気づいていないんだよ、それは。」
「はぁ?あんなやつ、どこがいいんだよ。ワガママばかりでまじムカつくことばかりするぜ?」
「じゃあさ、例えば恵子ちゃんが実はガンで余命三ヶ月って言われたらどうする?」
「ん?・・・・・・まぁ、、、、それは、、、、」
「悲しいんだろう?」
「・・・・」
「な?本当はありがたさを知っているんだろう?あまりに当たり前になっちゃっているから忘れちゃっているだけでさ。」
この会話の後、小作の口数は極端に減った。
何やら色々と頭の中で考えているようだ。
器のでかさと家族の笑顔
「かぁちゃん、俺、手伝うよ。」
自宅に帰った小作は夕ご飯を作っている母親に言った。
「え?!あんたどういう風の吹き回し?!」
母親は目を丸くしている。なんと片付けと皿洗いまで手伝ってくれたのだ!
夕食後にテレビでサッカーを見ていると恵子が部屋に入ってきた。
小作はさっとリモコンを取り、チャンネルを変えた。
それは普段は絶対に小作が見ない歌番組で、恵子の大好きな番組だった。
小作の行動が普段とあまり違うことに家族は驚いたが、恐らく祐太郎の家に行ったのがいい刺激になったのだろう。
「お兄ちゃんどうしたの?絶対見せてくれないと思ったから録画だけさせてもらおうと思って来たんだけど、、」
「ふふふ、俺は人間の器がでかいからな。あっはっは!」
小作は今まで恵子にチャンネルを譲るくらいならどちらもテレビが見れないほうがマシだくらいに感じたりしていた。何故か無性に意地悪をしたくなってしまったりしていたのだ。
しかし、この時は恵子にチャンネルを譲りながらも心地よく感じている自分に気づき、それがちょっと嬉しかった。
「あんた達、ゼリー食べ、、、、」
久しぶりに兄弟が仲良くしているのを見て母親も嬉しくなった。そして二人にあげようと冷蔵庫からゼリーを取り出しながら二人を呼んだが、急に途中で口をつぐんだ。
先日、兄弟で取り合いしていたみかん味とぶどう味だったのだ。
それに気づいた恵子は、そっとぶどう味のゼリーを取って食べだした。
このことに対して小作も母親も何も言及しなかったが、二人共すごく嬉しかったようで微笑みがこぼれていた。
二人のその表情を見て嬉しくなった恵子はドヤ顔で言った。
「私も人間としての器はでかいのよ、フフフ」
「あ、誰も言ってくれないから自分で言っちゃった♪」
小作は茶化したがその言い方は嫌味ではなくボケに対するツッコミであり、三人は幸せそうに笑った。