いがみ合うよりも ~合流地点での気付き~

朝の光が、つとむの愛車であるシルバーのセダンに反射する。32歳、几帳面で真面目な性格のつとむは、毎朝決まった時間に家を出て、片道30分の通勤時間を過ごしていた。会社に着けば、きっちりと整理されたデスクが彼を迎える。そんな毎日を送るつとむにとって、唯一の憂鬱の種が、自宅から15分ほどの場所にある高速道路の合流地点だった。

片側二車線の本線に、細い側道から車が合流してくるその場所は、朝のラッシュ時には必ずと言っていいほど渋滞が発生する。本線優先が原則ではあるものの、世の中にはルールを守らない人間もいるもので、強引に割り込んでくる車が後を絶たない。

つとむは、そのような行為を断じて許せない性分だった。ウィンカーも出さずにヌッと車体をねじ込んでくる車を見ると、彼の眉間に深い皺が刻まれる。「順番を守るのが当たり前だろう!」心の中で毒づきながら、彼はアクセルを軽く踏み込み、前の車との車間距離を詰める。強引な割り込みを未然に防ぐ、ささやかな抵抗だった。

しかし、どんなに警戒していても、時には狡猾なドライバーに隙を突かれることもある。自分の車の鼻先に入り込んでくる車影を確認した時の、あの言いようのない悔しさは、何度経験しても慣れるものではなかった。

「チッ…」

舌打ちとともに、彼はハンドルの上で苛立ち紛れに指を叩く。

そんな日々を繰り返すうちに、合流地点が近づくにつれて、つとむの心は鉛のように重くなっていった。心臓が少し早鐘を打ち始め、呼吸が浅くなるのを感じる。まるで、これから何か嫌なことが起こるとわかっているかのような、本能的な警戒信号だった。

今日もまた、あの合流地点が近づいてきた。つとむは無意識のうちに、ハンドルを握る手に力が入るのを感じた。

その時、彼の目に飛び込んできたのは、側道で困り果てた表情を浮かべる女性ドライバー(優子)の姿だった。彼女の乗るパステルブルーの軽自動車は、本線に入ろうと何度も試みているようだが、誰にも入れてもらえない。気の毒なことに、彼女の後ろにはすでに長い車の列ができてしまっていた。

つとむは、普段なら「下手くそだな」と冷たい言葉を心の中で吐き捨てるところだった。しかし、その女性の様子は、彼が普段腹を立てている強引なドライバーたちとは明らかに異なっていた。焦りながらも、周囲の車の流れを注意深く見守り、無理な割り込みをしようとはしない。ただ、じっと、タイミングを見計らっているようだった。

「相手のことなんか考えずに、我先にと割り込もうとするような人もいるけど、逆にこんなに優しい人もいるんだな…」

つとむは、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。それは、ここ最近感じたことのない、穏やかな感情だった。

そして、ついに自分の車が合流地点に差し掛かった時、つとむは反射的にアクセルを緩めた。前の車との間に、一台分のスペースができる。彼は優子と目が合った。彼女は不安そうにこちらを見ている。つとむは、小さく頷き、手のひらを彼女の方へ向け、「どうぞ」と促すジェスチャーをした。

優子は、一瞬、信じられないといった表情をしたが、すぐに状況を理解したのだろう。彼女の顔が、みるみると明るくなっていくのがわかった。そして、ゆっくりと、しかし確実に、彼女の軽自動車はつとむの車の前に滑り込んだ。

合流しながら優子は深々と頭を下げた。その顔には、安堵と感謝の気持ちが満ち溢れていた。そして、つとむの方を振り返り、太陽のように眩しい笑顔を向けてきたのだ。その笑顔は、まるで一輪の花が咲いたように、周囲の空気をパッと明るくした。

つとむはその笑顔に、ハッと息を呑んだ。今まで、人を出し抜いてやろう、負けるものかと意地を張ってきた自分が、まるで小さな子供のように思えた。優子の笑顔は、そんな彼の心の鎧を、優しく溶かしていくようだった。

人に優しくする方が、人といがみ合うよりずっと気持ちがいい。彼女の笑顔は、つとむにそんなシンプルな真実を教えてくれた。そして、それは、頭で理解するのではなく、心の底から納得できる、確かな実感だった。

不思議なことに、その日から、つとむは合流地点に近づくのが楽しみになった。もちろん、以前のように強引な割り込みをしてくる車もいる。しかし、そんな時でも、以前のような激しい怒りは湧いてこなかった。むしろ、「まあ、そういう人もいるよね」と、少しばかりの余裕を持って受け止められるようになったのだ。

そして、もし再び、あの時の優子のような、困っているドライバーを見かけたら、迷わず同じように道を譲ろうと心に決めた。なぜなら、あの時の優子の笑顔は、つとむにとって、それまで味わったことのない、最高の報酬だったからだ。

つとむの毎朝の通勤は、以前とは全く違うものになった。合流地点は、憂鬱の場所ではなく、ささやかな親切と温かい笑顔が生まれる、ちょっとした幸せの交差点へと変わったのだ。

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