「ちゃんと書きなさい!終わらなかったらテレビは見せませんからね!」
清美は長女、遥(8歳)に声を荒らげた。
清美は遥かに絵を描くレッスンをしているのだが、遥はあまり乗り気ではない、、
遥は何も言わず、ムスっとした表情だ。
「全く、、、いつからあんな風になっちゃったのかしら、、」
清美はイラストレーター。
子供の頃から絵を書くのが好きで、今では趣味が高じて依頼を受けて絵を書いたりしている。
最初は友達や親戚に無料で書いてあげていたのだが、段々と書いているうちにレベルがアップしてきたのを清美は感じた。
それに、依頼を受けて書く時間がわりと長くなってきたのもあり、イラストを書くのをビジネスにしようと考えた。
そして実際にお金を払ってまで依頼をしてくれる人が現れるようになると、清美はますます自信を持つようになった。
「ふふふ、私はプロよ!お安くないわよ♪」
清美の影響だ。
清美が楽しそうに絵を書くのを見て、遙も真似して書きだしたのだ。
清美のアドバイスなどもあり、遥はメキメキと上達した。
家族や友達、学校の先生などにも褒められ、遥は絵を書くことがものすごく楽しくなった。
そして毎日楽しそうに絵を描くのだった、、、そう、一年前までは、、、。
遥はサササッと絵を書き終えて言った。
「まま~、終わったからテレビ見ていい?」
清美は机においてある遥の書いた絵を見ると、鋭い顔つきで怒鳴った。
「遥!なんなの?この絵は!ふざけてんの?!」
清美は遥が何とかしてまた絵を喜んで書いてもらおうと、色々と考えた。
お小遣いを固定制から、絵を描くと貰える歩合制に変えてみた。
素晴らしい絵を書いた時には夕ごはんを豪華にしたり、好きなオヤツを買ってあげたりした。
これは一定の効果を上げた。
遥はまた自発的に絵を書きだしたのだ!
清美は喜んだ。
「さすが我が娘。れっきとしたプロなのね!」
しかし、遥が中二になった時、清美はもの凄く考えさせられることになった。
主人の誕生日にサプライズパーティーをしようと考え、その飾り付けの絵を遥に書いてもらおうと頼んだ時のことだ。
清美の頼みに対し、遥は答えた。
「いいよ。書いたら何くれるの?」
この遥の答えに清美はハッとしたのだ。
「この子は自分の父の誕生日のために絵を書くのに、対価を求めるのか?!」
「『この子はプロだ!』なんて喜んでいたけど、、私がしたことは本当にこの子のためになっていたのだろうか、、、」
清美は遥が小学校低学年の頃、毎年喜んで家族の誕生日に家族の絵を書いてくれたことを思い出して切なくなった、、、。
「あの頃は、本当に楽しそうに絵を書いていた。『ねぇ見て見て!』っていつも見せてくれたわね、、、」
「最近も喜んで書いてくれていたと思っていたけど、よく考えてみるとちょっと違ったかも、、、、
何かを貰えたり、してもらえることを喜んでいただけで、前のようにただ『見て見て!』って言っていた時とはやはり違ったわ、、、」
清美はこの差が何処にあるのかを必死に考えた。
必死に考えた結果、おぼろげながらに清美が得た答えはコレだった。
「対価を得るためにだけの行為と、対価すら求めない行為は別物である。前者は仕事と呼ばれるものであり、後者は愛である。」
そして清美は思った。
「遥には仕事ができる子であるよりも、愛情あふれる子であって欲しい、、、」
このことに気付いた清美は、遥にはただ自由にしてもらおうと決めた。
ガミガミ言ったりすることもせず、インセンティブを与えることもしない。
書きたくなったら書くだろうし、書きたくなかったらそれでいいではないか!
そう思うと、清美は心が軽くなった。
遥が絵を書かなかったことに自分がイライラしたり、いかに遥に書かせようかとインセンティブの事に頭を悩ませていた事がアホらしく思えてきた。
同時に、清美は自分のことについても考えさせられた。
「私はどうなんだろう?私はプロだからお金をもらう価値がある絵を書いているんだ。だからお金を請求するのは当然だ!とは思うけど、、、私が絵をそもそも書くのが好きだったのはお金がもらえるからだったかというと、、」
そして遥のことを思って必死にひねり出した自分の答えが頭に浮かんでくる、、、、
「対価を得るためにだけの行為と、対価すら求めない行為は別物である。前者は仕事と呼ばれるものであり、後者は愛である。」
私は遥かに愛情あふれる子であって欲しいと望む母親だ。
その母親が子供に態度で示すとしたら、、、どんな態度がいいだろう?
清美は難しそうな表情をしていたが、やがて表情は少しやわらかくなり、決心がついたような顔つきになった。
「アハハ、答えなんか決まっているわよね!上手くバランスを取れるかはわからないけど、私、やってみるわ!」