登場人物;
・熊谷 トラザ;いつも妄想している男の子
・長澤 佳澄;隣のクラスの女の子
「うふふ、俺は幸せだなぁ。」
そうつぶやいたのは高校生の男の子、熊谷トラザ。
彼にはとっても奇妙な癖があった。いつも何か妄想しているのだ。
例えばこうだ。
学園祭の準備で違うクラスの女子と共に看板を製作することになった際、彼はこんなことを考えた。
”明日は女子と看板作りか。うんうん、良いね。せっかくであれば両想いの子と仲良くラブラブ作業がしたいな。うんうん、良いね良いね。よし、そんな設定で行こう!”
彼はよく『設定』という言葉を使う。
彼が言うには、彼は自分の人生において自分自身が置かれている環境や周りの人間関係などに関して、自分自身の妄想の中で”今回はこんな感じにしよう!”と決めているらしい。それを設定と表現している。
設定が決まると彼の妄想が始まる。
”あぁ、明日は隣のクラスの女子と合同作業か。じゃぁ、長澤さんなんかと一緒にできたらいいな。そうそう、『実は私、熊谷君のこと好きだったの、、、』みたいなことを目で訴えてきちゃったりしてね。『あ、俺も君の事良いなと思っていたんだ♡』なんてことを目線で返しちゃったりしてな!あっはっはっは。”
トラザはいつもこんな感じなのだ。
こんな感じでちょっと妄想気味になる人は結構いるような気もするが、トラザが非常に変わっている点は、彼はその妄想と現実との境界線が非常にあいまいなのだ。
彼は妄想に入ると、それがただの妄想ではなく、それが現実だと本気で信じてしまうところがある。
これは彼のすごく面白いところではあるのだが、問題を起こしてしまうこともある、、、
”『トラザ君、ねぇ、今度一緒に買い物でも行こうよ~。』『ん?あぁ、いいよ。この前食べたいとか言っていたクレープもついでに食べに行こうか』”
トラザの妄想はかなり具体的で、もう頭の中では長澤さんとデートするところまで進んでいる。
通学途中もこんな感じだ。
”あ、佳澄ちゃん、なんか手を握りたそうだな。俺から繋いじゃおうかな。いやでも、ちょっと恥ずかしいな、、。”
なんて妄想しながら顔を赤らめて嬉しそうにしている。
当日、男子は4人、女子は5人が一つのグループとなり作業することになった。
「佳澄ちゃん、ここちょっと押えてて。」
トラザは気軽に長澤さんに声をかけた。これまで話したこともない隣クラスの男子が下の名前で急に話しかけてくるので長澤さんはちょっと驚いた。
「二人で作業できるの嬉しいね。いい思い出になるよね♪フフ」
昼の休憩時間も隣にピタッと座ってくる。「一緒に食べよう~」
長澤さんの友達もその展開に驚いている。
トラザが離れたとき、友達は聞いた。
「え~?何々、佳澄、熊谷君と付き合ったりしているの?」
「いや、別に、、、逆に今日初めて話した、、。私もなんかビックリしている。」
とまどう長澤さんをよそに、トラザは無邪気に自分の設定を楽しんでいた。
”いやぁ、今日は本当に楽しいな~。”
「佳澄ちゃん、今日、作業終わったらヒマ?一緒にクレープ食べに行かない?」
長澤さんはトラザが好意を寄せてくれることには嬉しさを感じたりもしたが、このままでは勝手に彼女ってことにされちゃいそう、、、と不安になった。
「ごめんなさい、、、熊谷君。」
長澤さんはうつむきながらそう言った。
”うわ、、、またやっちまった、、、。よく考えたら長澤さんとは今日初めて話したばっかりだったな、、、。怖がられちゃったかな、、。”
彼は妄想の中で長澤さんとは両想いという設定にしていたため、ごく自然に恋人として振る舞ってしまったのだ。なんと初めて話したばっかりなのに!
このような『設定』により、彼は周りを驚かせたり、戸惑わせてしまうことも多い。
その点は問題なのだが、彼のこの癖は非常に大きな利点も併せ持っていた。
なんにせよ、めげないのだ。困難にぶち当たっても目を輝かせて笑っている。
”うむ、これは普通の人には難しいかもしれないな。まぁ、俺がやって見せてやるか。そうすることで皆に希望を持たせてあげれることができるしな!あっはっはっは。”
”「上手くいかないことがあっても、最終的にはできる!」そういう設定だから♪”
トラザは自分の妄想癖は周りから見たら変態的に思われることは承知のうえ、本人としては非常に気に入っている。
”どこまでが妄想でどれが現実かとかわからなくなるほど、自分は妄想的に生きているけど、だからこそ自分は本気で信じる力を持てている。これは本当に幸せなことだ。ただ、、、それで人に迷惑がかかるようなことは避けてあげれるように気を付けないとな、、、”
そんな感じで反省をしたりもしつつ、トラザの妄想は続くのであった。